新年あけましておめでとうございます。
檀信徒ならびに皆さまにとって、本年が幸多き一年となりますよう、心よりご祈念申し上げます。
昨年、当山では、新しい客殿の完成という大きな節目を迎えることができました。
完成後まもなく法事の控え室としてのご利用が始まり、すでに多くの方々にお使いいただいております。また、多目的ホールでは写経会を行うなど、学びと集いの場としての歩みも始まりました。三月からはヨガの開催も予定しております。
さらに、客殿奥に建立した個別納骨堂「白光殿」につきましても、さっそくお問い合わせをいただき、すでに三件のご納骨が行われました。新たなご縁が結ばれていることを、大変ありがたく感じております。
さて、令和八年は「丙午(ひのえ・うま)」の年にあたります。
「八」は末広がりの数ともいわれ、午の字が示すように、力強く前へ進む勢いを感じさせる年とされます。皆さまにとっても、その力を良きかたちで発揮できる一年となることを願っております。
当山では、毎年一月になると、山門前の掲示板に一つの言葉を掲げています。
それが、「いつもの立ち居振る舞いを確認しよう」という言葉です。
「立ち居振る舞い」とは、「立つ」「居る」「振る舞う」こと。
すなわち、立っている時も、座っている時も、何かをしている時も、すべてを含めた、私たちの在り方そのものを指します。
年の始まりにあたり、あらためて自らの立ち居振る舞いを見つめ直していただきたいと願っております。
誰にも見られていないからと、日々の暮らしをおろそかにしていれば、
その積み重ねは、やがて言葉や態度となって、人前にもあらわれてきます。
道元禅師は、「身・口・意」、つまり行動や言葉、そして心のはたらきというものは、別々のものではなく、一つに調和していると説かれました。
これを「身心一如(しんじんいちにょ)」といいます。
立ち居振る舞いが調えば、心もまた調い、心が乱れれば、その乱れは自然と振る舞いににじみ出てしまうものです。
立ち居振る舞いを少し丁寧にし、ひと呼吸おいてから言葉を発してみる。
そうした小さな心がけの積み重ねが、私たちの毎日の暮らしを調えていきます。
今年は丙午の年であり、力強く前へ進みたい年でもありますが、
速さを人と競うのではなく、足もとを確かめながら、一歩一歩進んでいく。
そのような一年としていただけましたら幸いです。
















